私の社会人大学院体験記

1. 社会人大学院への挑戦

私が社会人大学院へ入学しようと思ったのは、社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー、中小企業診断士1次試験の合格をしたので、そろそろ自分一人だけでなく皆と一緒に勉強したくなったことが挙げられます。

確かに、資格を取るということは自分のためになりそれはそれでいいのですが、でも何年も一人でがんばっているともういいかげん飽きがきます。そのため、みんなと勉強できること、更に中小企業診断士を勉強している中で体系的にこの経営学の勉強をしてみたくなったことと等が挙げられます。

候補は新幹線沿いの広島大学、岡山大学、神戸大学の3つに絞りました。しかし、岡山大学は専門科目があり除外。残るは広島大学と神戸大学となります。広島大学は97年9月に合格しましたが大問題が・・昼間しか講義がないこと、つまり会社を辞めなくてはいけないのです。そして翌年2月の神戸大学の入試に賭ける事にしました。

結局は合格しましたが、その時に感じた事は「これで会社を辞めなくてもよかった。お金はかかるがなんとかできる」。

2.1年目の4月時(98年4月)

そして神戸大学大学院経営学研究科MBAコースに入学しました。春、秋入学合わせて約60名が入学し、全員が様々な職業を持ち、年齢も25歳から60歳までの社会人です。多士済々のメンバーで先生からも生きのいいのが入ったと評判だったそうです。

しかしながら、現実は家、会社の反対などがあり、また部署が変わったばかりで初めての仕事がまっています。本当にできるのかという心配ばかりが頭の中に渦巻いていました。

夕方5時チャイムが鳴るとすぐさま駅までバイクで行き、走って改札口を通り、5時19分の新幹線で通学、新神戸駅からはまたバイク(50cc)に乗って行くという内容です。ちなみに神戸でバイクを買いました。

しかしながら当然6時半の講義には間に合いません。6時40分ごろ到着して、皆の視線を感じながら席につくという繰り返しでした。しかも帰るときも早く帰りたかったので前期はずっと終業の15分前の8時5分には早く出ました。雨の日には作業服とカッパを手に持ち、長靴をはいた状態で講義に出ましたが、結構恥ずかしいものでした。

講義の内容ですが、入学案内書には土・日曜日だけで2年間で卒業できると書いてあったのですが、実際に入学してみると1年目の前期には土・日曜日の講義は全くなく、平日(月〜金)の夜6時半から8時20分までしか講義がないことが分かったのです。

更に、初日の講義はなんと休講。雨が降っていたため合羽を来てバイクを飛ばして行ったにもかかわらず講義はない。その時にはもう大学院をやめようと決心しました。

家の反対はあるし、部署は変わったばかりで学校にこのまま行けるのかどうかわからならい。しかも「定性的方法論」の講義は毎回分厚い資料を読み、翌週の講義に3000字以上のレポートを提出と、また診断士の勉強もあり、とにっちもさっちもいかない状況に追い込まれ、こんな状態では続けられないと思ったのです。

更には、同級生の名前も連絡先も最初なので分からず、ましてや本なども生協に行く時間がないため買うことができません。でも徐々に友達もでき、会社派遣で大学院だけ行っている人に本を注文し教室でもらう、というパターンが出来上がり、なんとか本を入手できました。

また一番良かったのがメールでした。遠い場所でも簡単に連絡がとれ、しかも何でも送れるというもので本当に助かりました。これがあったおかげでそれ以降も順調に学校に行くことができたと思います。

3. 1年目の前期(98年4月〜7月)

前期は4月から7月までです。そして講義は週に5日あります。

前期の講義は月曜日「マーケティング特論」田村、火曜日「定性的方法論」各教授の持ち回り、水曜日「経営制度特論」佐々木・奥林・宗像、木曜日「会計情報応用研究」後藤、金曜日「コンシューマー・ビジネス応用研究」佐藤・奥林でした。

しかし1年半で卒業するためには週3回以上とらなければ難しいと分かり、結局取ったのは月・火・水の連続3日です。ほとんど出席しました。通学定期だったため、「行かないと損」という意識があったためです。また仕事も行ける内容でした。

また、7月には集中講義があり、特に通産省キャリアの方たちの講義「日本産業政策特殊研究」は特に印象に残りました。30代後半で今後国をどうやって舵取りをしようという気持ちが強くでており、聞いていてすごく参考になり、僕も真剣に考えてみたくなりました。この人たちが国の将来を決めているんだという気構えがこちらにビシビシ伝わってくるのがとても気持ちがいいものでした。

更には、グループ研究が課せられており、題は「年俸制について」です。グループ分けも各人の個性を調べそれに合わせて組んだというものでした。私のグループは今から思えば役割分担がはっきりとしており、とてもよかったと思います。聞いたところによると別なグループでは、不信感やけんかが絶えず起こっていたということも聞きました。

広告会社の博報堂、松下電器産業、大阪ガス、プロの経営コンサルタント、そして私の5人で非常にまとまっていました。

毎回の講義は、一方的な話が多かったのですが、皆時間がない中出席しているため居眠りをする人はいなく、積極的に質問をします。またおもしろくない講義は出席をしなく、その点は非常にシビアでした。時間を無駄にしたくない、そして勉強のために講義を聞いているんだ、という意識が強かったように思います。

成績は、「良」が2つ、残り3つが「優」でした。感じたのは、出席をするよりも素晴らしいレポートを出した方が成績はいい、ということです。ほとんど出席をしなくてレポートが素晴らしく「優」をもらった人を知っています。

4.1年目の後期(98年10月〜99年1月)

後期は10月14日から始まりました。ちょうど診断士2次試験が10月10日に終わったためうまくつながったな、という印象でした。

しかし、前期が終わったのが7月中旬で、後期が10月。なんと間が長いんだろう。こんなに休みが長かったっけ、と思いました。実は社会人院生はレポートが多く、筆記試験がほとんどないのです。そのため通常では9月に試験月間となりますがこの月は休みとなりました。

後期の時間割は月曜日「国際経営応用研究」吉原、火曜日「経営戦略応用研究」小島、水曜日「財務管理応用研究」鈴木、木曜日「統計的方法応用研究」特津、金曜日「管理会計応用研究」小林(大阪梅田の出張講義)です。取ったのは月、火、木、金の4科目です。しかし今回は約3分の2くらいしか出席できず、特に金曜日の講義は遠いため4回しか出席できませんでした。

この中で特におもしろかったのは、火曜日の「経営戦略応用研究」です。質疑応答がはげしく、これがMBAコースなんだなと納得しました。

この後期でもグループ研究があり、「日本企業の変革」について自由にテーマを決めて提出というものでした。グループ編成は前回と同じ、提出期限は1月5日。これで正月は休みなしが決定しました。

結局、テーマは「企業環境のグローバル化に伴う企業変革の方向性について−ソニーのケースより」を選び、始めました。

しかし、苦しいことのみではありません。六甲祭(大学祭)が11月中旬にあります。この日は講義だったですが、外はワイワイとにぎやかでとても講義どころではありません。何年かぶりの学生に戻って楽しみました。また、学割もききますので映画を結構見ました。

このように、翌年の1月には全て講義も終わり、卒業のための単位も取ることができました。結果は1科目が「可」、「良」が2科目、後は全て「優」。本当かな、と半信半疑でしたが、でも良かった。
この「可」は今でも納得できません。皆もぼやいていました。

5.2年目

このようにして1年目が過ぎ、いよいよゼミが始まります。この社会人MBAコースを卒業するためには修士論文を書かなくてはいけません。そしてその締め切りは8月20日で残り約半年しかありません。

今まで卒業論文も書いたことがなく、果たしてできるかという不安が強くのしかかってきます。

ゼミは全部で4つあり、石井淳蔵先生の「マーケティング」、坂下昭宣先生の「組織、人事」、谷武幸先生の「管理システム」、岡部孝好先生の「会計」の4部門です。

私は石井先生の「マーケティング」を選びました。全部で27人が所属し、早速合宿です。

2月から3月にかけての2ヶ月間で、CS(顧客満足)、営業、ブランド、ビジネスプラン等を学び、テーマを「CS(顧客満足)」に絞り論文を書くことにしました。

メンバーは私を入れて4人で、カルビー、JR西日本、NTTと公共事業部門が多く集まりました。また、もう単位は全てとっているため、毎週1回大学に行くだけでよくなり、時間的にもだいぶ余裕がでてきました。いよいよこれから本番です。

6.修士論文

CSの研究といっても、何からはじめていいのか分からず、とにかく「定性的にいこう」ということになり、企業訪問を重ね、そこから何かを得ようという方針になりました。

この石井ゼミはグループ論文と個人論文の2つを書かなくてはいけません。そのため、スケジュール的には6月末までにグループ論文を仕上げ、残りの1ヶ月半で個人論文を仕上げるというものになります。かなりハードです。一般院生に聞くと、「不可能です」との答えが返ってきてすごく不安になりました。

企業の選択は、全国的にCSで人気が高い外食とホテル業界から、「ホテル・オークラ」「ザ・リッツカールトンホテル大阪」「マクドナルド」「モスバーガー」、更には製造業から「シャープ」の企業を選び、訪問しました。

やっと6月末で発表の段階まで持ってきたのですが、次は個人論文です。

私は最初のテーマを「都市ガス事業におけるCS」を考えたのですが、モスバーガーのフランチャイジーの社長が経営している「回転寿司」をテーマにすることにしました。
「回転寿司業界における顧客満足経営」についてです。

7月10日ごろです。あと1ヶ月しかありません。、皆から無謀だと言われながらもしました。

できあがり、最後に一般院生に論文を見てもらったのですが、ある日昼頃外から帰ってみると、「神戸大学…さんから」と伝言がありびっくり。その時まで会社には大学には行っているとは言っていないため、ついに知られてしまったかとびくびくしました。しかもやっと電話がつながって聞くと「論文はこれでは落ちます」と言われ、それからもうその日は全く仕事にはなりません。その後どこがいけないのか聞こうにもなかなか連絡がとれないので、寝つかれず大変でした。

最終的に完成したのは提出締め切り当日の朝3時頃。そして夕方の4時に提出。締め切り1時間前でした。

7.卒業して

しかし、結果発表がわかりません。明日学位授与式という段階になってやっと同級生からの連絡で合格していることがわかりました。

1年半という短い間でしたが、本当に大変でした。約3分の2がつらい思い出。残りが楽しかったというのが正直な気持ちです。

大学へ行っている間は、神戸に近づくにつれ、気持ちが落ち込んでくるのがわかります。神戸の夜景を見下ろす山の中程にある校門から石段を上がって学内に入るのですが、「つらい」という暗い気持ちしか思い浮かべることができません。最近になってやっと楽しい想い出に変わってきました。(でも、まだつらいです。)

行動してから考えるという性格なので、とんでもないことをしたという気持ちが強かったのです。

最後に、この社会人大学院を卒業して思ったのは、「こんな私でもできるんだ」というものでした。

やればできるんだ。というものが独立した今でも心の支えになっています。

また、素晴らしい人に出会えたことは私の人生の中でも非常に有意義なものであったように思います。他では味わえないようなこの経験を是非とも皆さんに経験してもらいたいものです。

8.他の社会人大学院について

現在、次々に社会人大学院が増えています。そして大学院で学ぶ人も増えています。皆真剣に勉強したくて入る人ばかりです。高校を卒業して何も分からず、遊びのために入るのではありません。

皆目的意識をしっかりともって入学してきます。そういう人との出会いは、社会人大学院の大きなメリットだと思います。

私は自宅からかなり遠い大学に通いましたが、学校を選ぶ場合には会社、あるいは自宅から近い大学を勧めます。交通費も馬鹿になりません。また行き帰りだけで疲れてしまいます。

私もまた違う大学院で学びたい気持ちがありますが、次は近い大学を選びたいと思います。

9.その他

●大学の選択理由

@ 何を学ぶのか

A 選んだ大学はそれに適している環境か(先生、設備等)

B 将来、何に生かすのか

C 費用は大丈夫か

D 社会人が多いのか

E 自宅あるいは職場から近いのか

F 家族、会社の理解を得ることができるのか

●費用

私の場合は、新幹線通学のため、かなり費用がかかりました。通常ですと、

@ 入学金 25万円(国立の場合)

A 授業料 25万円(国立、半期のため1年では50万円程度かかります)

B 交通費(人によってかなりの差があります)。私は平均して月に10万円程

C 書籍代(これは指定図書、参考書、ゼミの先生の本、論文作成のため等結構かかります)

D 交際費、飲み代(情報交換、共同研究等により結構かかります。皆集まって飲んでさわぐのが好きです)

E その他(生協会員、学会、先生主催で一般の人を対象のセミナー会費)

ちなみに私の場合は、1年半で卒業しましたが、3000ccクラスの車1台が消えました。

●人脈

神戸大学大学院MBAコースは全員が社会人のため、いろいろな企業に勤めている人と知り合えることができます。一部上場の企業が多いのですがそれでも独立開業している人、定年になった人もいます。しかも「同じ釜の飯を食った」という意識があり、その団結力は非常に強いと思います。社会人大学院の一番の魅力はやはり人と人とのふれあい、人脈形成につきるのではないでしょうか。

苦しいことの方が楽しいことよりも圧倒的に強いのですが、これからは苦しい想い出が楽しいものに変わってくるのではないかと思います。

今でも自主的な会合を月1回は持っており、みんなと会いながらの自主勉強は楽しいものです。

是非、皆さんもこの素晴らしい社会人大学院に進んでください。必ず実りの多いものになると思います。

 

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